同じ月
わたしは人の不幸をしょいこむのが趣味のようだが
いいかげんに自分に出来る範囲のことを
見極められるようにならなければなあ。
実習が始まり、実際にアートセラピーの場にいれるようになって思うのは
患者は決して受け身ではないってこと。
患者は自分の病気と長年付き合ってきたエキスパートだ。
例えば病気で鬱でも、自分の足でアートセラピーをしに来たということは
それだけで自分の病気に向き合う気があるということ。
そういった患者のモチベーションが治療にはとっても大事だ。
友達の悩みは友達の悩みでわたしの悩みではない。
でもそれが大きすぎて、つぶれそうになってる姿を見ると
私は必死で助けようとしてしまう。
私はただの友達だし、たとえその人のセラピストだったとしても
その人が自力で立とうとするのを、横から支えることくらいしか出来ないのに。
そういうアンバランスな、
距離感の取り方がへたくそな自分だからこそ、アートセラピーを勉強したいと思ったのだけれど。
話は全く変わるけれど、今日はクラスメイトの展示のオープニングを見てきた。
彼女は奨学金をとったのでその関係で美術館で展示が出来ることになったのだが、とてもカッコいい展示だった。
(彼女はアートセラピーでマスターやるよりファインアートを続けた方がよかったのでは?と思ったくらい。
まあでも自分の制作につながるところがあるからアートセラピー科を選んだそうだが。)
とくにかっこよかったのが、石鹸を口の中につっこんだまま
「わたしは恐ろしいことをした、芸術と自分自身を撃ち殺した。」といい続ける作品。
だんだん口の中が泡だらけになってきて、涙を流して嗚咽しながら
それでも石鹸をくわえたままそのセリフを繰り返してる。
見てるとこっちも吐き気をもよおしてくるんだけれど、なぜか目が離せない。
彼女のルックスが美しいこともあってか
なんだかその行為が哲学的にすら見えてきて面白い作品だった。
今学期末には学校で展示をするのでわたしも何らかの作品を作ることになる。
そんなにカッコい作品じゃなくてもいいから、自分なりに納得のいくものを作れたらいいな。
まだ全然ノープランなんだけれども。
いいかげんに自分に出来る範囲のことを
見極められるようにならなければなあ。
実習が始まり、実際にアートセラピーの場にいれるようになって思うのは
患者は決して受け身ではないってこと。
患者は自分の病気と長年付き合ってきたエキスパートだ。
例えば病気で鬱でも、自分の足でアートセラピーをしに来たということは
それだけで自分の病気に向き合う気があるということ。
そういった患者のモチベーションが治療にはとっても大事だ。
友達の悩みは友達の悩みでわたしの悩みではない。
でもそれが大きすぎて、つぶれそうになってる姿を見ると
私は必死で助けようとしてしまう。
私はただの友達だし、たとえその人のセラピストだったとしても
その人が自力で立とうとするのを、横から支えることくらいしか出来ないのに。
そういうアンバランスな、
距離感の取り方がへたくそな自分だからこそ、アートセラピーを勉強したいと思ったのだけれど。
話は全く変わるけれど、今日はクラスメイトの展示のオープニングを見てきた。
彼女は奨学金をとったのでその関係で美術館で展示が出来ることになったのだが、とてもカッコいい展示だった。
(彼女はアートセラピーでマスターやるよりファインアートを続けた方がよかったのでは?と思ったくらい。
まあでも自分の制作につながるところがあるからアートセラピー科を選んだそうだが。)
とくにかっこよかったのが、石鹸を口の中につっこんだまま
「わたしは恐ろしいことをした、芸術と自分自身を撃ち殺した。」といい続ける作品。
だんだん口の中が泡だらけになってきて、涙を流して嗚咽しながら
それでも石鹸をくわえたままそのセリフを繰り返してる。
見てるとこっちも吐き気をもよおしてくるんだけれど、なぜか目が離せない。
彼女のルックスが美しいこともあってか
なんだかその行為が哲学的にすら見えてきて面白い作品だった。
今学期末には学校で展示をするのでわたしも何らかの作品を作ることになる。
そんなにカッコい作品じゃなくてもいいから、自分なりに納得のいくものを作れたらいいな。
まだ全然ノープランなんだけれども。
コメント
コメントを投稿