反骨精神、プロ意識。
最近になって今更思うのは、
自分、思いのほかドイツ社会に溶け込んできたなぁということです。
なぜ急にそんなことを思ったのかというと、昨日上司との年に一度のMitarbeitergesprächが行われたのです。
日本でいうところの評価面談、というものなのでしょうか。
でも上司に仕事を評価されるだけというよりは
こちら側から、仕事が効率よく行われるための改善点を提案したり
仕事を行う上で不都合に感じられる問題点などについて話し合える機会、という感じです。
今年は今の病院に勤めだしてから3年目の年なので
去年よりも仕事上での問題点が見えてくるようになり、色々と意見させてもらいました。
誰でもそうかもしれませんが、わたしも基本的に「面接」というものは苦手ですし
今回もそれなりに緊張していました。
それでも、正社員になったこともあってか、今回はわりと物怖じせず話せた気がします。
ドイツに来たばかりの頃は、ドイツ語もあまり上手ではなかったし
(今でも、ドイツ語は勉強中ですが。)
わざわざ日本からドイツに来て、不自由な言語でアートセラピーという新しい分野を勉強している自分を
ドイツ社会において宇宙人のように感じることも多かったです。
もちろん、わたしのことを理解してくれる友人たちもできて
そういう人たちのおかげでこれまで続けてこれたのですが
最近、自分の意識のシフトチェンジをしていくべきかもしれないと感じています。
外国で暮らしているのだから、分かってもらえなくて当たり前、人より苦労をして当たり前。
それでも逆境に負けずに、少しでも多くのことを学びたい、吸収したい。
周りに評価されなくても、わたしは自分のやりたいことをやり続ける。
そういう反骨精神のようなものをもっていたからこそ、今まで頑張り続けることが出来ました。
だけれどもそろそろ、その「分かってもらえなくて、人より苦労をして当たり前」という意識を手放す時が来ているのかなぁと思います。
自分の能力を評価してもらって働いているのだから、自分の要望をはっきりと伝えることも
自分が働きやすいように、職場の環境を改善していくことも、当たり前に必要なことなのです。
自分、思いのほかドイツ社会に溶け込んできたなぁということです。
なぜ急にそんなことを思ったのかというと、昨日上司との年に一度のMitarbeitergesprächが行われたのです。
日本でいうところの評価面談、というものなのでしょうか。
でも上司に仕事を評価されるだけというよりは
こちら側から、仕事が効率よく行われるための改善点を提案したり
仕事を行う上で不都合に感じられる問題点などについて話し合える機会、という感じです。
今年は今の病院に勤めだしてから3年目の年なので
去年よりも仕事上での問題点が見えてくるようになり、色々と意見させてもらいました。
誰でもそうかもしれませんが、わたしも基本的に「面接」というものは苦手ですし
今回もそれなりに緊張していました。
それでも、正社員になったこともあってか、今回はわりと物怖じせず話せた気がします。
ドイツに来たばかりの頃は、ドイツ語もあまり上手ではなかったし
(今でも、ドイツ語は勉強中ですが。)
わざわざ日本からドイツに来て、不自由な言語でアートセラピーという新しい分野を勉強している自分を
ドイツ社会において宇宙人のように感じることも多かったです。
もちろん、わたしのことを理解してくれる友人たちもできて
そういう人たちのおかげでこれまで続けてこれたのですが
最近、自分の意識のシフトチェンジをしていくべきかもしれないと感じています。
外国で暮らしているのだから、分かってもらえなくて当たり前、人より苦労をして当たり前。
それでも逆境に負けずに、少しでも多くのことを学びたい、吸収したい。
周りに評価されなくても、わたしは自分のやりたいことをやり続ける。
そういう反骨精神のようなものをもっていたからこそ、今まで頑張り続けることが出来ました。
だけれどもそろそろ、その「分かってもらえなくて、人より苦労をして当たり前」という意識を手放す時が来ているのかなぁと思います。
自分の能力を評価してもらって働いているのだから、自分の要望をはっきりと伝えることも
自分が働きやすいように、職場の環境を改善していくことも、当たり前に必要なことなのです。
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